GLS予備校(塾 大学受験 高校受験 福岡)
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 毎日新聞(福岡版)朝刊(2014.5.12)で原田が紹介されました。記事は上の画像をクリックしてお読みください。


 プレジデントファミリー2013年3月号、4月号に原田による数学、英語の記事が掲載されました。


 日経ビジネスオンライン(2012.4.10)でGLS予備校が紹介されました。記事は上のサムネイルをクリックしてお読みください。


 「The Japan Times」(2011.12.23)で原田が掲載されました。 記事は上の画像をクリックしてお読みください。なお、記事の全訳はこちらに載せております。


 「月刊 私塾界」(2010.9)で紹介されました。 記事は上の画像をクリックしてお読みください。


合格体験記

 <2017年>

 九州大学経済学部経済工学科合格 N君(修猷館高校)

 九州大学工学部地球環境工学科合格 O君(西南学院高校)

 九州大学医学部医学科合格 K君(ラ・サール高校)

 <2016年>

 航空保安大学校航空情報科合格 Sさん(筑紫丘高校)

 佐賀大学医学部医学科合格 Eさん(リンデンホールスクール)

 <2015年>

 九州大学医学部医学科合格 N君(修猷館高校)

 佐賀大学医学部医学科合格 Tさん(筑紫女学園高校)

 近畿大学医学部合格 Yさん(金城学院高校)

 <2014年>

 京都府立医科大学医学部医学科合格 S君

 弘前大学医学部医学科合格 Hさん(野沢北高校)

 筑波大学人間学群障害科学類合格 Y君(川越東高校)

 <2013年以前>

 早稲田大学商学部合格 N君(東京農業大学第一高校)

 東京大学文科三類合格 E君(ラ・サール高校)

 群馬大学医学部医学科合格 K君(立教新座高校)


N君 九州大学経済学部経済工学科合格 (修猷館高校)

 僕がGLS予備校に通い始めたのは高校3年生になる春でした。それまでは学校で与えられた課題を適度にこなしながら、部活をして、友達と遊ぶ、全く受験を意識しない生活を送っていました。 さすがにそろそろ本格的に受験勉強を始めなければならないと感じましたが、何から手をつければ良いのかがわからず、友達に紹介してもらった原田先生の元に通い始めました。

 志望大学・学部学科などはオープンキャンパスに行き、すでに九州大学経済学部経済工学科が自分の夢の達成にも近く、学んでみたいと強く感じていた学習内容だったので悩むようなことは全くありませんでした。

 ここで1つ問題だったことが、経済工の2次試験では現代文の試験が課されるということでした。 僕は中学生の時から国語を苦手科目にしたまま大学受験前まで来てしまっていたので国語力はあるはずもなく、先生からも数々の指摘をしていただきました。

 また自分はとても怠け者だったので、恥ずかしい話ですが本気で勉強を始めたのは12月頃だったと思います。 この辺の自分の怠け者の話に触れながら、僕のような高校生活を送って欲しくないという思いも込めて1年間を振り返りながら書きたいと思います。


1.4月〜7月

 まず始めにとりかかったのは国語と英語でした。先生に指示していただいた教材をこなしながらセンター試験に必要な基礎力をつけていきました。 特に国語の現代文では、一つ一つの問題や解答解説を何度も読み返しながら丁寧に、自分で納得できるまで考えました。あとでも書きますがこの時に身につけた基礎力が2次の国語と英語の試験に大きく役立ったと思います。

 数学に関しては、九州大学の問題は特に難しくはなく、丁寧な計算と基礎力が必要になると聞いていたので、学校での数Vの授業をメインに、Focus Gold数Vを使いながら勉強しました。

 この頃は部活の最後の大会があったこともあり、部活にかなりのウエイトをかけていました。最低限の宿題や課題だけを終わらせるという受験生にあるまじき行為でした。


2.7月〜9月初旬

 僕の学校ではとても運動会への生徒の参加意識が高く、自身も運動会幹部として参加したいと考えました。 先生や親に運動会期間中(特に夏休み)しっかりと勉強との両立ができるのかと指摘されましたが、やってみたいという想いが強かったのでやることにしました。

 また、8月中旬にあった代ゼミの九大模試では、国語力は人並みになり、英語もある程度の力がついていたのでA判定を取ることができました。 自分自身A判定を取れるとは思っていなかったのでとても驚きましたが、先生から「受験者数も少ないので大してあてにならない!」と言われ、ここで舞い上がってはならないという気持ちになりました。 しかし、気分は良く、ここでもまだ最低限の勉強しかしていませんでした。


3.9月中旬〜12月末

 運動会も終わり、学校もいよいよ受験態勢になってきたこともあり、僕の中の受験への意識もようやく変わり始めました。 学校のクラスには九大志望が多く、この人たちに負けたくないという思いを持ちつつ、センター試験対策の英単語(絶望的に単語力がなかったので)や英文解釈、国語のアクセスなどを終わらせました。 ここまでを読んでいただいた人は気づくと思いますが、圧倒的に受験勉強へのスタートが遅い!!

 センター試験1ヶ月前でもまだ基礎力を身につける過程だったのです。しかし基礎力がないと2次試験はもちろんセンター試験すら太刀打ちできません。 ここでようやく僕は受験への基礎力を身につけました。このおかげで駿台と河合の九大模試でもA判定を取ることができました。

 国数英はなんとかなると思いましたが、次に問題になったのは理科と地理でした。2次試験には理科と地理の試験はなく、優先順位が低かったので苦手を多く残していました。 特に物理はかなりひどく模試で40点台ということが何回もありました。 12月からは比重を理科や地理にかけて、ひたすらセンター試験対策の勉強を行いました。この頃ようやく自分の中のスイッチが入ったと思います。

 教科別に書くと、

「国語」・・・過去問演習10年分(本試験、追試験)、古文単語の暗記
「数学」・・・センター試験実践問題集 数TA、UB(駿台、河合、ベネッセ)
       数Vを忘れないためのFocus Goldの例題演習
「化学」・・・過去問演習、無機・有機化学の暗記(先生に確認していただきながら)
「物理」・・・物理のエッセンスを何回も読み返し問題を解く
「地理」・・・知識を1冊のノートにまとめる、過去問演習7年分(本試験、追試験)
「英語」・・・イディオムやアクセント・発音の暗記、過去問演習

 を約1ヶ月半で終わらせました。

 しかし模試での点数は大きく上がることなく、6割5分ほどしか取ることができないままで1月に入りました。


4.1月〜センター試験前

 経済工のセンター試験ボーダーは77%ほどだったので全く到達していませんでした。 僕はこれ以上物理を勉強し続けても大きく点数が上がることはないだろうと考え、他の科目に比重をかけようと考えていました。 しかし原田先生から「残りの2週間でできるだけの物理の勉強をしてセンター試験に臨みなさい」と指摘をいただき、物理をひたすら勉強し続けました。(このころの物理は60点ほど)


 5.センター試験当日

 会場は僕の高校だったのであまり緊張するというようなことはなく、いつもの模試というような感じで受験しました。 しかし試験会場はとてもピリピリとした感じで休み時間に教室にいても緊張するだけだと考え、全ての休み時間は食堂に友達と集まって「いつも通り」と言い合いながら試験を受けました。 友達といることは本当に心強いことだと改めて実感しました。

 試験後自己採点をした時、とても驚きました。なんと得点率77%で昨年の合格者平均ボーダーに到達していたからです。 さらに苦手としていた物理も83点を取ることができました。この結果を受けて「絶対に受かってやる」という強く思いました。 センター試験直前に物理を勉強しなさいと言ってくださった原田先生には感謝しかないです。


6.2次試験まで

 センター試験でのビハインドはほとんどなく、2次試験は得意だという自信があったのでのびのびとした気持ちで勉強することができました。 特に英単語はセンター試験対策の単語しか覚えていなかったので、2週間かけてなんとか1200個の単語を覚えました。 国語は先生に答案を添削していただきながらたくさんの問題に触れたことでかなりの自信がつきました。

 具体的な学習内容は

「国語」・・・上級現代文、過去問(5年分)を使った記述演習
「数学」・・・Focus Gold 数Vでの問題演習、整数問題の問題演習、過去問15年分
「英語」・・・英単語暗記、過去問演習10年分


7.自身の反省点

@受験勉強を始めるのが遅すぎたこと

 僕は怠け者で、いつも楽をしようと考えます。しかし受験勉強は早く始めることをお勧めします。有名な予備校の先生も言っていますが、「今」やらなければならないのです。

A模試の結果で油断してしまったこと

 模試の結果はあまりあてにならないものです。僕の周りにもA判定をとっていても本番で失敗し、残念な結果に終わった人がいました。 本番では何が起こるかわかりません。しかし合格に近づくためには勉強するしかないのです。 模試の結果に一喜一憂することなく先生から指摘していただいた一つ一つの課題を丁寧にこなすことが大切です。


8.自身の良かったところ

@志望校を下げることなく勉強し続けたこと

 志望校を下げると自分の中に必ず油断が生まれます。 僕の場合、試験科目が特殊で他の大学に変えることができなかったというのも理由の1つですが、「絶対に受かる」という強い思いを持ったことが良かったんだと思います。

Aポジティブに考えること

 僕は1年間、できるだけネガティブなことは考えないようにしました。気持ちの面で負けてしまっては受験では確実に失敗します。なので私立も受けず経済工1本に絞って勉強しました。

B前期試験が終わってすぐ後期対策を始めたこと

 後期試験も経済工を出願していたのですぐに勉強にとりかかり、過去問を8年分やりました。問題内容もとても面白くやりがいがありました。心をすぐに切り替えて勉強することはとても難しいことだとは思いますが、最後まで気を抜いてはいけません。


9.最後に

 原田先生に出会え、マイペースな僕をいつも的確に指導していただいたから合格することができました。本当に感謝しています。ありがとうございました。


O君 九州大学工学部地球環境工学科合格 (西南学院高校)

最初に、自分の思うGLS予備校に通って良かった3点について述べようと思います。

 1. 志望大学に向けての自分の弱点の把握と補強法をしっかり先生と一緒に考えることができること

 2. 先生の指導、説明がとても的確でわかりやすいこと

 3. 自分の性格(悪い部分)を直せるところ


次に、実際の体験を具体的に書いていこうと思います。

 自分がGLS予備校に入塾したのは部活をやっていたこともあり夏休み手前でした。正直そこまできちんとした勉強もしておらず、「高校受験と同じで夏休み詰めればなんとかなる。」と大学受験を舐めていました。

 当時の成績はというと今思えば九大に受かるのは絶望的な成績をとっており、特に理科はマーク模試で物理化学合計して100点もいかないというものでした。 そこで塾に入ってから夏休みはほとんど理科しかしていませんでした。自分は基本を理解していなかったので本当に0からのスタート、といったものだったと思います。 もちろん理科しかしていなかったわけではなく、英単語の暗記、英文解釈(英文和訳)など夏休みのようにまとまった時間のあるときに効果の出るものをしました。

 夏休みが終わって、最初のマーク模試では夏休み詰めた甲斐あり理科、英語の点数は飛躍的に伸びました。夏休み後は、夏休み中に詰めた知識が抜けないように反復練習をし、プラスで和文英訳のための例文暗記、数学の弱点補強を行い、国語、地理はセンター1ヶ月前から勉強を始めました。


ここで自分のセンターの点数(自己採点)を記述しておきます。

国語:156/200
数学:162/200(数TA:76/100 数UB;86/100)
英語:174/200(筆記:168/200 リスニング:50/50)
理科:154/200(物理:74/100 化学:80/100)
地理:82/100


 センター後、センター試験の点数が思ったより取れて自分は浮かれていた時期がありましたが、先生に叱責を受け二次の勉強に取り掛かりました。センター前ギリギリまで二次の勉強をしていたこともあり二次知識の漏れはそんなになかった気がします。そこからは一通り二次知識を確認した後、過去問を解き続けました。自分は合計で8年分くらい解きました。 以上が二次試験終了までの体験記です。 ここからは気をつけていたこと、センター直前、二次直前の過ごし方について書いていきます。


<気をつけていたこと>

 まず早起きの習慣をつけることです。 センター試験の開始時間はそこまで朝早くはないですがこの習慣は大事です。人間の脳は起床後3時間で本来の活動ができるようになると言われており、開始時間が理系は10時、文系は9時からということを考えると、最低でも6時には起きておくべきだと思います。

 次に体調管理をしっかりすることです。毎日マスクをつけるくらいの気概で体調管理を徹底してください。 これは個人差がありますが、ルーティーンを作っておくとさらに安心できます。僕は朝起きてカーテンを開けるということをルーティーンにしていました。

 最後に誘惑への打ち勝ち方です。読みたい漫画がある、ゲームがしたいなど受験期は誘惑も多いです。それに打ち勝つには強い心を持つことも大事ですが、大半の人間には限界というものがあります。 そこで自分が実践したのが週に一度わざと負ける日を作るということです。 こうすることで無駄なストレスもたまらず、そういうことがしたいと思う無駄な心も排除されます。ただ負けすぎはいけません、週に一度を守ってください。それ以上したら落ちます。


<センター、二次直前の過ごし方>

 おそらく大半の受験生が気になることだと思います。 自分の場合はセンター1週間前からそれまでの模試で間違った部分の知識の確認、詰め直し、模試の解き直しをし、前日はほとんど勉強せずにリラックスに努めました。 開始直前は自分のことを世界一の天才だと言い聞かせ、自分が解けない問題は誰も解けないと思い込み心に余裕をもたせました。この行為は結構大事です。緊張しません。 当日は1教科終わるごとにトイレで手を洗い気持ちをリセットしてください。


 最後に、これから受験生となる人への言葉を記そうと思います。 受験を舐めないでください。高校受験と比べ物にならないくらい覚えること、することは多いです。舐めてかかったら本当に落ちます。あとネガティブな発言、思考は一切しないようにしてください。これだけで勉強へ向かう心は改善されます。そして自分の最初に決めた志望大学絶対に変えないでください。僕の周りには変えて落ちた人が山のようにいます。初志貫徹してください。


 正確な指導で合格に導き、さらには自分の悪いところさえ変えてくださった原田先生には感謝してもしきれません。短い間でしたが、本当にお世話になりました。ありがとうございました。


K君 九州大学医学部医学科合格 (ラ・サール高校)

 地元の福岡から離れてラ・サールに通っていた僕が、GLS予備校にお世話になったきっかけは、妹が通っていたことからでした。


 数学と英語、国語に関しては、ラ・サールに中学で入学したこともあり、進度やこなしている量もそれなりでしたから、高2までの模試などでは大きな不安を感じることはありませんでした。 しかし、同級生には全国順位一桁という人もいて、僕にそこまでの実力があるわけでもなく、志望校をどうするのか決め手にかけたまま、何となく学校の課題をこなしている感覚がすっきりしない状況だったと思います。

 学校には、ひとまず頂点を目指すという雰囲気はあり、それは後で間違っていなかったことに気付くのですが、では東大理三を最後までみんなが目指し続けるかというとそういう訳にもいかないので、自分の志望校をどうするのか、先輩たちはどう決断してどう闘っていたのか、よくわからないままでモヤモヤしたものを抱えていました。


 学校の面談で志望校を伝えないといけないので、高2でひとまず京大医学部に志望校を決めて、過去問にも目を通して自分なりに戦略を練り始めました。 英語と国語は得意な方だったので、やりこむ必要があるのは数学と理科でした。 しかし、理科はまだ学校でも終わっていないので、まずは数学の実力を京大レベルまで持っていけるか、京大の問題と自分の相性はどうなのか、そのあたりを探っていく感じでいる間に、あっという間に高3の夏休みが来てしまいました。


 高3の一学期で理科も一通り履修し終わったのですが、重要問題集を進度に合わせてやってはいたものの、数学に時間を割いていたこともあり、夏休みに入る時点で、普段呑気な親が心配するほどに理科が滅茶苦茶な状態になってしまっていました。 心配した母が原田先生に僕の理科の窮状を相談してくれて、また、原田先生が夏休みに飛び込んできたラ・サール高3に物理の集中講義をして下さった所から、原田先生との受験へ向けての歩みが始まりました。


 夏休みの初めに、物理の集中講義を受けた後から、物理の点数は模試でも急上昇しました。 何よりも、実力を上げなくてはいけない教科が数学・物理・化学から、数学と化学に減ったことで、夏休みも数学に時間をかける余裕が出ました。

 九大医学部はセンター試験で生物と理科もう一教科が課され、二次では物理と化学が課されます。つまり理科3教科をこなす必要があり、他大学とは違う入試です。 そのため九大医学部を志望校にして準備をすると、他大学へ志望を変える時はその準備時間が無駄になり不利になります。

 九大医学部対策で一応学校でも生物補講は受けていました。 このまま理科3教科の対策を続けて九大に的を絞り切るのかしないのか、いつかは決断しないといけなかったのですが、なかなか決断出来ずにいました。 しかし、物理が何とかなったならセンターで生物を受けても良いかという気持ちも出てきて、高3の二学期に最終志望校を九大医学部に決定しました。


 原田先生の「これまでのやり方はともかく、六年間真面目にやってきて浪人というのは何とも言い知れぬ気持になるので、とにかく一発で決められるよう、私もやれるだけのことはやりたいと考えています。」という言葉に、「高3の夏休みに飛び込んできた自分に、先生はこんな風に思ってくれて、忙しいのに無理をして物理の講義をして下さった。絶対に現役で合格したい。」と強く思うようになったことも、九大に志望校を変えた理由でもあります。

 このまま、弱点の理科を抱えて、数学も京大合格レベルまでは達していない自分が京大医学部を志望し続けても、浪人の可能性が高く、先生の言う「一発で決める」事は難しい。「それは嫌だ」と思いました。 地元でもあり九大医学部はいつも頭の中に志望校の一つとしてあったので、自分でも驚くくらいにすんなりと最終志望校が決まりました。


 夏休みの終わりになっても、化学はまだまだ不安がいっぱいの状態でしたが、先生とは「とにかく重要問題集をやろう」ということだけを話しました。 他には、「センター対策は一か月前くらいから。医学部はセンターの点数が取れていないと厳しいけれど、九大はセンターの点数が思うようでなくても、二次でひっくり返すワンチャンスありの学校だから、センターに偏り過ぎて二次の勉強がおろそかにならないように、バランスを大切に」というアドバイスでした。

 自分は国・数・英が安定している方だったので、センター1か月前まで、生物・地理は毎日短時間でも触れるようにしながら、二次対策を進めました。 センター対策に入ると、理科と社会をメインでやりますが、もちろん、どの教科も二日に一回は最低触れていました。

 地理は高得点で安定させるのは難しいのですが、かける労力は少なくて済むので、その分で生物と物理に時間をかけました。(あと、地理は地誌とグラフの読み方が大事です。参考までに。) 生物は、教科書の隅の記載項目から出されることもあるので、教科書や問題集で不安な部分を潰しつつ演習を重ねました。 九大の数学、理科では他の大学があまり出さないような所から出題されることがあるので、そういう勉強の仕方は二次対策としても意味があると考えて取り組みました。

 センターでは91%得点できたので、予定通り九大医学部に出願しました。学校の方針も同じなのですが、国公立大学前期に集中したかったので、私立や防衛医大などは受験しませんでした。 また、後期は原田先生のアドバイス通り、前期の前に気持ちがぶれないように、敢えて面接のみの大学には出願せず学科入試を行う千葉大学医学部に出願して、退路を断ちました。


 センターが終わり九大に出願してから、原田先生との本格的な九大対策が始まりました。

 センター前の1か月間全く触れられなかった化学は、元々の弱点であったこともあり、勘も鈍っているので、センター試験の終わった日からすぐに取り掛かるように指示されていましたから、すぐに勉強を再開し、並行して物理もやり、重要問題集を一周しなおしました。

 化学は有機が演習不足、無機が詰め込めていない、物理は問題の取り違えが多いという問題点を先生から指摘されました。 この点を意識して、問題集をやり直していきました。

 英語はおおむね大丈夫だが、説明問題での過不足や、和訳での言い回しの悪さ、誤字脱字の多さを指摘され、修正しました。 数学は、絶対にミスなく取らなければいけない問題の判断を間違えないことを指導されました。

 途中から、過去問を使い、時間も本番通りの演習に取り掛かりました。ところが、一度はいい感じになったものの、その後だんだん点数が落ちていくという事態が起こりました。 もし、ひとりでやっていたら、訳が分からず焦ったと思いますが、先生に「必要以上に追い込んで自滅しているから、センターの点数から逆算しても満点を取りに行く感じではなくて、2割落とせるから、どこを押さえるかを考えてみたら」と言われて、すっと気持ちが楽になりました。

 「標準的な出題が多い九大では、満点狙いでいかないと」と意気込み過ぎていたのだと思います。 確実に合格する点数を取ればいいのだということを言ってもらえなかったら、自滅していた可能性もあったと思います。

 自分のそういった癖が分かったので、本番数日前からは、万が一また取れなくなってメンタルが落ちたりしないように、過去問演習をやめて、知識の確認や詰め込みをしました。 本番では、先生の「二割落とせる」という言葉をよりどころに、難問の化学の第2問を冷静に捨てきって、その分物理の時間が多めにとれたので、不安だった理科も結果オーライでした。 とても落ち着いて受けれたので、得意な英語と数学も冷静に受けきれました。


 受験を終えてみて、現役合格は時間との闘いであり、戦略を誤ればたちまち時間切れでアウトなので、原田先生の、はっきりとした計画とポジティブな姿勢が勝利の秘訣だったと言えます。 また、先生の献身的な姿勢を見ていると、「自分もまだ努力できるのでは?」と感じて、頑張りとおすことができました。原田先生には、感謝してもしきれません。本当にありがとうございました。


Sさん 航空保安大学校航空情報科合格 (筑紫丘高校)

 私は航空保安大学校航空情報科に合格しました。航空保安大学校は普通の大学とは試験が異なり、9月に一次試験の数学と英語、基礎能力試験があり11月に二次試験の面接があります。 そのため、他の受験生とは少し違う勉強の仕方をしていました。


 まず、私がGLS予備校に通いだしたのは高校1年生の1月頃でした。そのときの私は家では全く勉強せず、成績は下から数えた方が早いくらい悪かったです。

 GLS予備校に通いだしてまず初めに教えていただいたのは正しい勉強の仕方でした。 "質問されて即答できなかったらそれは理解してないのと同じこと"と言われ、それがしっかりできるようになるまで繰り返しました。

 勉強の仕方が身に付くようになってから、志望校合格に向けての勉強を始めました。英語と数学を中心として、基礎能力試験の勉強もしました。


 英語はまず文構造をしっかり理解できるようにしました。長文は得意なほうだったので2年生の途中からは単語やイディオムを覚えていくようにしました。

 数学はまず簡単な計算を素早く解けるように計算練習を繰り返しました。数学は苦手だったので一番多くの時間を費やしました。 試験の問題は教科書レベルなので、センター対策の問題集を目標時間を切れるまで繰り返し解きました。

 基礎能力試験は全教科出るので学校で履修している教科は学校の授業でやって、履修していない教科は自分でやりました。 学校では国語、英語、数学、生物、化学、世界史、地理をやりました。自分では物理、政治・経済のセンター対策の問題集を中心に、地学、日本史の中学校の教科書を使って勉強しました。

 一番時間をかけたのが、出題数が多い政治・経済です。政治・経済は2年生の時からずっと参考書を使って勉強していました。 ある程度知識をつめたら、次は国家公務員試験の過去問と数的処理・図形処理の問題集を時間を計って何度も解きました。

 面接対策では面接カードに書いてある志望動機などをまずは長めに書きました。そして、それを面接カードに書ける長さに圧縮して書きました。 この圧縮の作業は、自分の長所を盛り込みつつ面接官がつっこんで聞いてくれるようにまとめなくてはならなかったので、先生に何度もダメ出しされてすごく時間がかかりました。 だけど、そのおかげで本番の面接もスムーズにいき楽しいと思えるほどでした。


 私は他の人と進路が違う分、やることも全然違っていたのですが、先生は一人ひとりの進路に合わせて指導して下さったので合格することができました。


Eさん 佐賀大学医学部医学科合格 (リンデンホールスクール)

1.初めに

 この合格体験記では、いくつかのテーマと時期に分けて、私が勉強していたこと、大変だったこと、印象に残っていることなどを書いています。 そのため、少し内容が長くなってしまいました。「8.一年を振り返って」は、全体をまとめた内容になっているので「長くて全部は読めない!」という方は最後だけでも読んで頂ければ光栄です。


2.入塾

 私がGLS予備校に通い始めたのは、高校2年の冬でした。当時は、受験に向けて何の計画も立てておらず、どうやって受験に望むつもりだったのか、と今では思います。 特に私は、学校で国際バカロレア(IB)をしており、受験対策の授業はおろか、日本語での授業もほとんど受けていない状況でした。 そのため、日本語の語彙が載った単語帳を繰り返して、語彙を増やすことから授業が始まったのを覚えています。


3.志望校決定

 医学部を受験したいという意向を先生に話すと、英語が得意なこと、学校の評定が良いことなどを考慮して下さり、佐賀大学の公募推薦を受験することにしました。


4.高3 4月〜8月

 この時期は、暗記しなければならないものは、毎週範囲を広げてチェックしてもらい、問題集は繰り返し解いて知識の定着を図りました。センター試験で必要な社会もこの時期に勉強を始めました。 社会の勉強に多くの時間を割く事が出来なかったため「暗記が中心の倫理が一番いい」というアドバイスを受け、一から勉強しました。

 また、自己推薦書を書き始めたのも8月くらいです。 幸い、生徒会活動やボランティア活動など、自己推薦書の内容として取り上げる事が出来る活動をしていたので内容に困ることはありませんでしたが、より良いものにするために推敲を重ねて、完成したのは出願直前の11月でした。


5.高3 9月〜11月

 11月には、約3週間をかけて行われるIBの最終試験が待っていたので、9月からはそれに向けての勉強に集中することにしました。 「8月までに積み上げてきた知識は、忘れない程度に確認すればいい」と先生に言われ、夏休みに比べてグッと減った勉強時間に不安を覚えながらも、2つの試験に備えて勉強を続けていました。

 さらに、11月の終わりには推薦の面接と小論文の試験が待っており、その対策もしなければなりません。特に印象的だったのは、面接の練習です。 典型的な質問だけではなく、自己推薦書の細かい内容からも質問されたので、本番の面接にとても役立ちました。


6.高3 12月、1月

 センター試験前の全ての試験も終わり、冬はマーク模試の過去問をひたすら解いていました。 ですが、出来るはずの問題でも6割程度しか点数を取れない事が何度もあり、今年はもう無理かもしれない、と思ったこともありました。 点数を報告すると、先生には「基本的な知識や解き方が抜け落ちている」と言われ、化学の理論の暗記をしなおしたり、物理のエッセンスを使って基本的な問題を解きなおしたりしながら、マークの演習を続けました。

 この時期に基本に立ち返るのは、勇気がいりました。1年間勉強し続けたのに、簡単なことが解っていない事実を突きつけられるのは恥ずかしいし、試験前はもっと難しい問題を解かなくてはと焦ってしまうからです。 しかし、マーク形式の問題の点数は少しずつ回復していき、先生の言葉を信じてよかったと心から思いました。


7.センター試験本番とその後

 センター試験本番は特に緊張することもなく2日間を終えました。自己採点の結果、化学と数学IIBは失敗してしまったものの、他の科目で補うことが出来て目標としていた点数を取ることが出来ました。

 さて、センター試験は1月16,17日。推薦入試の合格発表は2月10日。3週間開いているのです! その間に私立入試や国公立前後期の出願があるので、もちろん試験に向けて勉強を続けなければなりません。

 センター試験の前に2次対策をする時間が十分に取れなかったことと、センター試験で満足する点数を取れたこともあり、この時期は1年で一番勉強に集中できなかった時期でした。 親と先生には申し訳ない気持ちでいっぱいです。結果的に合格できたので良かったですが、あの時期に頑張れたらもっと自信になっただろうなと、それだけが後悔です。


8.一年を振り返って

 結局、なぜ合格することが出来たのか?1年という限られた時間の中で、自分にとって必要な勉強だけを続けてきたからだと思います。

 人によって得意科目と不得意科目は違います。私の場合、英語は得意だったので、対策はほとんどすることなく試験に臨むことが出来ました。 一方で、理系科目が苦手で数学、化学、物理の勉強にほとんどの時間を費やしました。

 化学は定期試験でも高得点を取っていたので、比較的出来ると思っていましたが、先生に「どうしてそうなるの?」と問われると上手く答えられず、「これまでの勉強はただの暗記できちんと理解出来ていなかったのだな」と実感しました。 私はそれを先生に指摘して頂き、修正したことで合格に近づくことが出来ました。


 ひとりで勉強して合格できる人ももちろんいます。そうではなく、何を、どうやって勉強することで合格に近づくことが出来るのか分からない人もいます。 そういう人にこそ、先生の指導を受けることをおすすめします。

 最後になりましたが、原田先生、いつも的確な指示で私を合格に導いて頂き、本当にありがとうございました。 先生に言われ続けた「詰めが甘い!」という言葉を忘れることなく、これからも勉強を続けていきます。


N君 九州大学医学部医学科合格 (修猷館高校)

 まず初めに、私がGLSに通ってよかったと感じていることの中から主なものを三つ紹介します。

 一つ目、志望校に特化した対策を立てるためのアドバイスがもらえたことです。合格のために自分が点数を伸ばすべきところを的確に指摘してもらいました。

 二つ目、成績が伸びずに悩んでいるときに良き相談相手となってもらえたことです。受験生はほとんどが大学受験初心者なので、先が見えなくて迷ったり、何をしたらいいかわからなくなったりすることがあります。その時に弱点を見極め、的確なアドバイスをくれる人がいるというのは本当に心強いものです。

 三つめ、「わかってるつもり」「できてるつもり」を指摘していただき、「実際にわかる」「実際にできる」へと導いてもらえたことです。先生の質問に答えることで、「暗記は即答できるまでくりかえし練習する」「きちんと理解して覚える」ということを実践することができました。


 次に、具体的に、私自身の体験を科目別に書いていきたいと思います。

<センター国語>センター本番 168点(自己採点)

 最初は苦手科目でした。特に現代文が苦手でした。今まではなんとなく解いてできなかったので、自分には国語のセンスがないと諦めていましたが、GLSで国語もきちんとした解答の手順を踏めばできるようになるといわれ、驚きました。授業では答えに至るまでの道筋をきちんと説明することが求められました。いったんやり方を身に着けると、あとは演習していくうちに点数は安定していきました。

<センター日本史>11月 50点前後 センター本番 86点(自己採点)

 もともと自分は暗記科目に苦手意識をもっていたため、日本史の勉強にも消極的でした。定期試験はきちんと点数をとるようにしていたのですが、模試になるとひどい点数をとっていました。なぜだろうと悩んでいた時、先生から「センター日本史を定期試験のような一問一答形式の勉強だけで対策をするのは難しい。過去問演習が必要だよ。」と言われ驚きました。それからは「センター試験への道」という参考書を使って過去問演習を徹底的に積み、苦手だった日本史を克服することができました。

<センター数学>11月 160点前後 センター本番 187点(自己採点)

 私はセンター数学が苦手でしたが、二次数学が取れていないわけではなかったので、センター数学もそのうちとれるようになるだろうと甘く考えていました。

 しかし、先生から自分は数学の基本パターンがぬけているから、スピードが要求されるセンター数学では点が取れないと指摘されました。センター対策もしっかりとするため、基本的な問題に立ち返って反復練習をし、スピードアップを図りました。結果、センター数学本番では問題が難化したにも関わらず目標であった9割を獲得することができました。


<二次化学>

 化学はもともと苦手ではなかったのですが、センターで必要のない科目だったために、一か月弱のブランクがあり、センター後、特に苦労した科目でした。 直前まで弱点がたくさん発覚し、パニックになることもありましたが、その際、先生に相談し、弱点を分析してもらい、ひたすら弱点をつぶし続けました。

<二次英語>

 英語は得意な科目でしたが、自由英作文で点数が取れないのが悩みでした。 そのことを先生に相談したところ、英語自体は問題ないけれど論旨がずれているから内容点が極端に低いのだと指摘されました。そこで解答する前に構成を書き出してみてから書くようにしたところ、論旨を外すことは少なくなり、点数に結びついていきました。

<二次数学>

 答案の論述の仕方を自分は軽視していました。しかし、「それでは点がとれない。九大は得点開示の結果から考えると、答案の論理構成を厳しく採点しているはずだよ。」と指摘されました。数学は解き方と答えにばかり目が行きがちでしたが、同じ理解度でも答案の書き方によって点数が大きく変わってくるということを知って対策ができたのはよかったです。


<おまけ〜ミスノートについて〜>

 私はケアレスミスが多かったので、自分がしたミスをまとめたノート(ミスノート)を自主的に作っていました。 しかし、なかなかミスは減りませんでした。そこで先生に相談しました。

 すると、「毎日勉強前に見直してから練習しているの?」と聞かれました。答えは「いいえ」です。 「それをやらないとまとめても意味ないでしょ。これからは必ずそのノートを読み返してから勉強をはじめなさい。」と言われ、それを実践していきました。

 そのおかげで、本番では大きなミスなく終えることができたと思っています。このことは、考えてみればごく当たり前のことです。 しかし、私はそれに気づきませんでした。ノートをまとめた段階ですでに「やってるつもり」になって、「頑張っている自分」に酔っていたからです。 このように「やってるつもり」を指摘して「実際に役立つ努力」に変えてくれることもGLSの良さだと思っています。


 最後に、受験勉強の全体を通した概略と感想を述べたいと思います。

 私がGLSに入ったのは 高3の4月です。私はサッカー部だったので、1年の時から≪学校>部活>自習室≫のサイクルを繰り返す生活をしていました。 高2の4月に志望校を九大医学部医学科に決定し、それからは九医一本で勉強してきました。

 1年のころから真面目に勉強はしてきたので、2年の終わりの頃の模試や学校内での成績が一番良かったです。

 3年の5月に部活を引退してから勉強時間を増やし、受験体制に入りました。

 しかし、みんなも頑張り始めたことで友達の成績がどんどん上がっていくのに自分の成績はあまり伸びず、相対的な順位は段々と下がっていきました。 学校には東大・京大・九医にA判定が出ている友達がたくさんいたのに、私の模試の判定はE、D判定が多く、3年の11月にやっとC判定がでただけでした。


 正直、焦っていました。なぜ自分だけ成績が上がらないのかと悩んだこともありました。 自分は本番には強いのですが、事前に必要以上に悩みこんでしまうことが多いタイプだったので、その都度、原田先生に相談し、解決策を話し合うことができたことは、私にとって非常に大きな心の支えでした。

 センターでは11月時点で6割しか取れていなかった日本史、生物に苦しむも、何とか目標の810点を突破し、821点(自己採点)。 二次試験では1ヶ月半のブランクのあった化学で苦しみ、直前まで弱点がたくさん発覚していましたが、それらを先生と話し合いながら埋めていくことで合格することができました。

 受験勉強は結局、「自分がやるかやらないか」だと思います。 後から振り返ると、あれだけ気にしていた周りの友達の成績もあまり関係ないものだったとわかりました。 自分が志望校に合格するためには何がどれだけ足りないのか、それを把握して一つずつ克服していくことが大事だと思います。 しかし、大学受験初心者であった私がそれをはじめから最後まで一人でやるのは難しかったでしょう。


 的確なアドバイスで僕を合格に導いてくださった原田先生には本当に感謝しています。ありがとうございました。


Tさん 佐賀大学医学部医学科合格 (筑紫女学園高校)

 私がGLS予備校に通い始めたのは高2の3月でした。 入塾する前は進路もはっきりと決めておらず、ただ学校のテスト勉強をしており、全く受験勉強というものをしていませんでした。 というよりも、何をすれば良いのかわかりませんでした。 そして私は根本的に理解をするのではなく、なんとなくの感覚で解いてきたため、難しい問題になると全くとけませんでした。

 特に英語と国語が苦手でしたが、模試では点数はとれないものの、学校のテストではとれていたので放置していました。 なんとかしなければいけないと思っていたところ、家のポストにGLSのちらしが入っており、ここなら「何をすれば良いかを考え、自分の口で説明して根本的に理解する」という、私に足りない部分をおぎなってくれるのでは!と思い入塾することに決めました。


 授業では今までおざなりにしてきた「なぜそうなるのか」という理由を聞かれました。 しっかり理解せずに曖昧に答えると、もう一度やり直しをさせられたので、入塾当初は塾に行くのが憂鬱でした(笑)。 しかし、もう、やり直しでも、怒られてもいいや!と思ったことは一度もありません。

 むしろ、次は先生に負けないぞ!完璧にしてやるぞ!という気持ちを持って、課題に取り組んできました。 出された課題をこなし、授業でちゃんと理解しているかの確認を重ねていった結果、苦手だった英語や国語は勿論、理系科目も少しずつ成績をあげることができました。


 私は高3の夏に医学部に進路を決め、佐賀大学医学部の公募推薦を受けることにしました。 はっきりとは決めていませんでしたが、一応工学部系統に進むことにしていたので、急な変更にも先生は対処してくださり、推薦の準備の仕方を一から教えてくださいました。

 私は推薦で合格することができたのですが、これは先生の戦略のおかげです。 推薦入試には調査書、英文の小論文と面接、センター試験を課します。推薦入試の一ヶ月前、私は推薦入試に必要な小論文と英語しかしませんでした。 他は何もしなくていいのかなと少し心配でしたが、推薦入試の準備に集中しようと先生がおっしゃったので、その通りにしました。 先生は私がセンターで失敗することを想定していたそうです。

 案の定、私はセンターで失敗しました。しかし、先生の戦略のおかげで自己推薦書や小論文、面接でカバーし、合格することができました。


 私は1年間GLS予備校に通ったわけですが、一つだけ悔やまれることがあります。 それはGLS予備校と出会うのが遅く、入試までの準備期間が1年しかなかったことです。 期間が2年、3年あったらもっと成績を上げることができたと思います。

 だから、今通っていてまだ入試までの期間がある生徒の皆さん、そして、これから入塾するみなさんは、GLSに出会えたことを無駄にせずに、先生に最後までついていってください。 こんなに一人一人に合わせた勉強方法を考えてくれる先生はいないと思います。決して、「やらない自分」に慣れないでください。 先生方はできる限りのサポートをしてくださいますが、結局やるのは自分です。妥協したらそこで終了です。後悔しないように最後まで頑張ってください!


 最後に、勉強面は勿論、精神面でも支えていただいた先生方、本当にありがとうございました。


Yさん 近畿大学医学部合格 (金城学院高校)

 GLS予備校に出会ったのは、3浪目の9月。 約半年間という短い間でしたが、GLSとの出会いがなければ、永遠に勉強法を模索し、医学部の合格もなく廃人になっていたと思っています。 遠回りをしましたが、最終的に医学部合格できたその軌跡を綴っていきたいと思います。


 私が医学部を志すようになったのは、中学3年のときです。 中学3年のころから、高校1年になったら医学部や理系に強いと聞いていた駿台に通うことを決めていました。 しかし、いざ高校にあがり、駿台に入るものの、授業についていけず数か月ほどでやめてしまいました。

 駿台をやめた後は個別指導の塾に入り、名大医学部生からの指導のもと受験勉強をしていました。 しかし、現役のころは、学校の勉強と受験勉強とのバランスがとれず、あまり学力が伸びず、地元の私立医学部2校のみ受験し、落ちて浪人することになりました。


 1浪目は、大阪府にある塾で勉強をしました。その塾は独自の勉強法を売りにしており、かなり厳しく指導を受けました。 講師との相性が合わず、叱られてはよく泣いていました。朝8時から夜23時まで塾に缶詰めになり、途中、塾を抜け出し家に帰ってしまうことまでありました。 講師の質にも自身の学力にも結局不満を抱えたまま、私大8校ほど受験し愛知医科大学の2次補欠のみもらい2浪が決まりました。


 2浪目は、1浪目の反省を生かし、比較的自由度のある地元の医系予備校に通いました。 個別指導で講師変更も可能なので、1浪目に比べてストレスなく勉強に取り組むことができました。 また、医系予備校なので、医学部の情報もたくさん得ることができ、2浪目ではじめて私立医学部合格に必要な全体像を知ることができました。 各大学の対策も講師の分析のもと、ピンポイントで学習することができました。

 しかし、結果は愛知医科を再び2次補欠、福岡大学1次通過、大阪医科大学補欠となり、3浪が決まりました。


 3浪目は2浪目のときの解答速報の広告に影響されて東京の医系予備校に通いました。 毎日朝から夕方まで集団授業があり、日々の予習復習という目の前をこなすだけの勉強になっていました。 一部の講師の授業には満足していましたが、反復練習を重視していた私にこのスタイルは合わず、夏期講習の8月まで授業は出て辞めました。


 8月にたくさんの予備校の中からGLS予備校のホームページを発見し、9月からGLSに入塾することになりました。 私は、はじめのうちは、勉強方法の見直しが必要と考えていたため、勉強法の研究にかなり時間を浪費してしまいました。

 GLSに入って軌道に乗り始めたのは、過去問を解くようになってからです。 自分の相性に合わせ、受験校を先生と相談して決め、過去問を解き、その補強を参考書でするというやり方で主に勉強を進めていきました。

 また、GLSに入って初めて、自分で過去問研究をしました。 私立7校を傾向別に分類し、優先順位を決めて、各大学の対策をしました。 そして、直前期には、あまり先生に頼ることなく、自分で計画を立てて勉強に取り組むことができました。 先生に導かれるまま、自然とこなしていたので、不思議な感覚ですが、今年はいけるかもしれないと初めて自分に自信をもつことができました。


 勉強への方針に迷いはありませんでしたが、心理面ではかなり苦労しました。 GLSに入って途中からは、自宅でハングアウトと通塾を組み合わせてやってきましたが、長時間自分を律して勉強することにかなり苦労しました。 ある程度、管理されたもと勉強する環境になれていたため、自宅中心での勉強時間には波がありました。


 受験当日は、初日の大学を除き、比較的緊張することなく試験に挑むことができました。 また、他大学での自分の弱点の補強が次の大学の試験で役立つことがあったため、受験を重ねるごとに力がついていく感覚も味わえました。

 結果は、兵庫医科2次補欠(後に繰り上げ合格)、近畿大学正規合格、福岡大学2次棄権という形になりました。 気持ちに波があり、十分な勉強時間を確保出来ないまま入試に突入してしまったため、残念ながら失敗してしまった大学もあります。 私大入試では滑り止めと位置付けた大学でも、私は1次落ちだったので、単純に模試の偏差値で結果は予測ができないと思っています。 その点は、私大医学部受験者に実感してほしいと思っています。


 原田先生にもっと早い時期に出会っていたらという気持ちがありますが、医学部合格を勝ち取れたことにはとても満足しています。 また、目的を見失わない重要性も先生との出会いで実感しました。 遠回りでも、その過程をどのように次に生かすかということを同じ受験生にも考えてほしいと思います。


 最後に、自称、塾や講師のクレーマーの私を上手く合格まで導いてくださった先生に感謝の気持ちを改めて伝えたいと思います。 本当にありがとうございました。


S君 京都府立医科大学医学部医学科合格 (私立中堅校)

 僕は中学3年生になる春、国語に苦手意識を覚え始めた頃に、母が原田先生の著書『親と子の最新大学受験情報講座 理系編』を書店で手に取ったことをきっかけに、GLS予備校に通うことになりました。

 入校して一番実感したのは『分かる』と『知っている』というのには大きな違いがあることです。 大半の学生は手順や解法を授業の板書を写して、分かった気になっています。残念ながら、これは単に『知っている』ことを指すのです。僕もその一人だったので、一時期伸び悩みました。

 物事を『分かる』ために、原田先生が示してくださったのは、『シャドウ・ティーチング』です。ある知識や用語について知らない人にも、ちゃんと伝わるように説明する練習をすることを言います。 はじめは、かなり面倒くさく感じましたが、これを心がけるようになったことで、本質的な理解が進み、応用・発展問題に対応できるようになっていきました。


T 国語

 現代文に関しては、入校時から高校1年生後半まで対策を行いました。 問題文そのものや、問題の解き方を『シャドウ・ティーチング』を徹底して訓練していきました。 当初は毎週毎週同じようなことを注意されていました。 主に設問の読み飛ばしや、記述答案の主述関係のねじれだったりするのですが、かけた時間に対して目に見えて成果が上がらないので、不安と焦りを覚えました。

 しかし、インターバルをおいて模試でもポイントを見通した記述作成ができるようになってきました。 設問の意図を汲み取る練習は理系科目、特に物理にも通じることがありました。 一朝一夕では伸びない科目ですので、入校して早い段階から対策できたのは非常に効果的だったと思います。

 古文に関しては、中学3年生のうちに古典文法と古文単語の最低限のものを学び、後はそれらを反復しながら対策をしていきました。 古典文法では何よりも助動詞や助詞の大切さに気づかされました。 その後は、文章のみ載っている参考書を用いて単語や古典常識に慣れていきました。

 漢文は、一番対策に時間をかけませんでした。 高校1年生で句法の主なものを確認してからは、問題文が頭に入ってこないと感じるたびに、知識の整理をしました。


U 英語

 受験科目としては少し苦手なものでした。 英単熟語は文章に出てこないと覚えにくい、と自分は感じていました。 単語を覚えても、きかれて即答できるレベルにはなかなか到達できなかったですし、できても使わないとすぐに忘れてしまったりしました。 音声教材や音読を通して覚え方を工夫して、なんとか定着してきたという感じです。

 文章の大意を把握する問題や、和訳に関しては元々自信がありましたので、 併用していた英文解釈の教材は得意を伸ばすという形で進めました(もちろんその中でも自分に甘い点には気づかされましたが…)。

 英作文は対策を高校2年生から少しずつ、3年生から本格的にはじめました。 はじめは例文集を見ないで書けるようにして、次に問題集にうつりました。 自由英作文は一度自分の中にテンプレートを作ってしまえば、非常に書きやすくなると 思います。 そのためにはある程度英文を読んで、フレーズを自分のものにしていく必要があると感じました。


V 数学

 元々得意教科でした。解法の着想に悩むことはあまりなかったです。 しかし、発想が先行してきちんと答案が書けていないことを何度も注意されました。 面倒でも過程をきちんと答案に残すことは、思考の整理具合に比例するものだと思います。 先生には再三注意を受けましたが、そのおかげで論理的思考の矯正ができ、さらには結果につながったのだと思います。


W 物理

  高校1年生の秋から取り組み始めました。 基礎本を各分野こなしてから、標準から発展の問題集をこなしました。 一見難しそうな現象が実は簡単なものでし た、というオチの問題にまんまと引っかかっていたので、苦労しました。 きちんと情報を書き込んで整理、さらには具体的なイメージに落とし込むことに注意して対策を進めました。 数学が得意だととっつきやすいとは思いますが、表記の方法(出てくる記号が多い!)などが独特だったので慣れるのには少し時間がかかりました。


X 化学

 高校1年生の冬から取り組み始めました。 化Tの理論、有機分野は比較的マスターしやすかったのですが、特に化Uの理論分野は苦手分野でした。 3桁×3桁の計算を何度もやっているうちに、はじめの方の問題から間違えてしまうことが一番多かったです。 直前期までに解法の整理だけはできたので、本番で計算ミスをしないように祈るばかりでした。


[ 勉強について

 高校2年生の学園祭を期に、僕はいわゆる受験期に入ったのだと感じました。まわりの友人は本格的に勉強を始めて、自分も少し気後れしていました。どうしても一日の始まりに手をつけるのが得意な科目だったりしたので、苦手な科目はますます苦手になる…という状況でした。実際、高校3年生の秋の記述模試でも、教科バランスに課題が残る成績を、冬のセンタープレでは国公立医学部受験を目指すうえでは不安の残る結果を修め、冬休みへ突入しました。

 お正月からは本格的にセンター対策を進めました。この時期では、残り時間当たりに一番点がとりやすい教科バランスで勉強を進めるように言われ、あまり手をつけてはいなかった社会科目を徹底して『シャドウティーチング』しながら覚えなおしました(学校の定期テストではそこそこの成績だったので、GLSの授業ではあまり教わってはいなかったのです)。

 センター試験は頭が『センターモード』に入っていないと解き進められません。朝から晩まで4択を見ているのはかなりこたえました。本番の会場でも、休み時間を全て最近年度の過去問をスラスラ解けるようにアイドリングをかけて臨みました。

 センターでは国公立受験の資格のある点を獲得できました。自分は難しくてボーダーの高くない試験の方が、相対的に上位に食い込めるタイプだろうと考えていました。そこである程度難度があって、センターのアドバンテージを使える学校で、以前から目をつけていた府立医を受験することにしました。

 私立医大で、本命の国公立への試行錯誤を進めていきました。その後、私立の面接を終えると、本格的に前期の過去問に取り組みはじめました。どの参考書よりも、前期の過去問は難易度は高かったので、実際出願した後にかなり焦りました。それでも、前期当日までに7年度分をこなせたことで、ある程度傾向やパターンを予測できるようになってきました。

 前期試験本番では、気後れせず問われている内容に対して素直に解き進めることができました。不思議と、緊張はしなかったです(それまでいっぱいしてきたからかな?)。予想通り『こんなの分かんねーよ』みたいな問題も出ましたが、(あくまで、手ごたえとしては)悔いなく終えることができま した。

 一番辛かったのは結果が出るまでの期間です。受かったらこうなる、落ちてたらこうなるという思考が堂々巡りして後期試験の勉強も、発表が近づくにつれ手につかなくなってきました。

 それでも、自分の受験番号はありました。

 うれしさのあまり、GLSには何の連絡もいれず先生に報告に行きました。自分の声で伝えたかったからです。4年間もの間、真剣に自分の進路について共に考え、アドバイスを下さった先生への感謝の気持ちを言葉では伝えきれません。

 GLSでの授業は、学校のように受動的に進めてもらうものではなく、最終的には自分で主体的に進めていくものです。得意なところは伸ばし、苦手を克服する、それが全 て叶ったのはGLSに出会ったからだとしみじみ感じました。先生からセンターの直前に「いままでやってきたことに誇りをもって、全力を出し切ってこい!」と激励を受けました。僕も積み上げてきた勉強や、GLS予備校生であることに誇りを感じ、その誇りをもって大学入試に臨むことで、現役での志望校合格が果たせたと思っています。


Hさん 弘前大学医学部合格 (野沢北高校)

T はじめに

 一受験生の偏った意見、感想です。私自身、やろうと思ったことの多くはできていませんし、未だ何が悪かったのかわからないこともあります。 原田先生に「お前みたいな奴は見たことない」と言われるくらいですから、私が相当特殊なケースなのかもしれませんが、私が悩んだように悩んだ子もいるかもしれないので、私なりにそんな人達に伝えたいことを勝手気ままにエラソーに書きます。


U 現役時

 私は長野県の田舎の高校出身で、高校生の時から真面目に勉強するタイプでした。土日も特に用事がなければ塾に行って勉強をしていました。

 高校2年生の時に「総合診療医ドクターG」という番組を見て、医師という職業に対して「格好いい!!こういう風になりたい!」と思うようになり、医学部を志望するようになりました。 それまでは特に将来の夢もなく、医師について「大変そう」としか思っていませんでした。

 国公立医学部は推薦入試が多くあり、地元の信州大学にも15名の推薦枠がありました。 センター試験で750〜800点くらいとれば合格するので、その枠で何とかひっかかってくれればいいなと思っていました。 というかそれがダメなら一般入試は受からないだろうと考えていました。

 私は高校も面接試験だけで合格していて、試験というものをナメていたこともあったのでしょう。 センター模試ではいつも700点くらいでしたが、本番は何とかなるだろうとそのまま本番に突入し、そのまま8割強くらいの点数をとり、撃沈しました。

 本番では数学1Aの二次関数でパニックに陥り、泣きながら数学の試験を受けたことを覚えています。 センター数学や英語はほとんどの人が9割くらいとっていく中で、私は何故こんなにできないのだろうと思っていました。

 そのまま前期試験も落ちて後期は足切りにあい、浪人が決定しました。


V 一浪時

 一浪時は、東京にある大手予備校の医学部専門校舎に通いました。 そこでまず驚いたのは、何故か授業初日に先生と顔見知りの先生がいたことです。 授業の時「またお前らかよ!」といった先生もいたそうです。 しかも基本的に医学部志望の子はとっても真面目で、講師室には毎日行列ができていますし、講習の前には廊下に長い行列ができたりします。 それでも合格率は3割程度で、残る7割の人はあきらめるかもう一度浪人するからしいです。

 もちろん大手にも良い所はあって、その教科のプロの講師が教えてくれるので化学反応式とかの楽な覚え方を学べたり、自分で問題集であたると「こんなん知らないだろ」と思ってしまう問題も、みんなで授業でやることで抵抗感なく学ぶことができたのもありました。

 しかしこの年もセンター試験の点数は伸びませんでした。3大予備校のセンター模試を受けられるだけ受けて、復習中心の勉強をしていたのに…。 いったい何が悪いのか分からなくて、勉強ばかりの日々に息切れしていました。 国公立前期試験の時は「早く終われ!!」としか思えませんでした。

 結局その年も前期試験で不合格。私大医学部には経済的に進学できないので、国公立後期試験で他学科を受験して合格しました。


W 迷った末、二浪を決意

 浪人はとても肩身が狭い存在です。 地元に帰ると、知っている人に会いたくなくてスーパーでも下を向いてコソコソ歩いていましたし、綺麗な桜の木を見ても「私にはこの桜を楽しむ権利はないんだ」とため息と涙しか出てきませんでした。

 大学に行けば何か変わるかもしれないと仮面浪人を考えたりもしましたが、結局暗くて恥ずかしくて情けない浪人生活を続けることにしました。

 もう一年続けるに当たって自分に欠けているものを考えた時、英語の読解能力と数学の力と計算能力が挙がりました。 特に計算能力は+−をすぐ書き間違えたり、繰り上げや繰り下げを間違えたりと、ひどいものでした。 私の為に汗水たらして働いてくれている両親やわざわざお参りをしてくれている祖父母がこのミスをみたらどう思うだろうと考えると、涙が止まりませんでした。 しかも、誰かに教えてもらえば改善するものでもありません。

 なので、ある程度は去年使用した教材をそのまま使いながら、自習をメインにして勉強していきたいと考えるようになり、そうした方針で指導を受けられるGLS予備校を選びました。


X 二浪時

 まず初めに伸びを感じることができたのはセンター英語でした。先生の前で音読して訳ができるようにしていくだけで9割ぐらいは行くようになりました。 要は読み込みが足らなかっただけなのですが、私にとってセンターで英語が足をひっぱらなくなったのは大きかったです。 やり始めの頃は、自分だけ読むスピードが遅く先生からやり直してくるよう言われ、悔しい思いもしましたが(笑)。

 次は数学の答案の書き方です。初めて答案の書き方を学びました。 式の根拠もなく思いつくままに書く答案は採点者にも伝わりづらく自分でも分からなくなってミスにつながります。 このことから自分自身は論理的に物事を考えるのが苦手で、そのせいで過程を飛ばしてしまってミスしてしまうことが分かりました。

 これは自由英作文の力を伸ばすことにもつながりました(何度となく先生に見てもらっては突き返されることを繰り返しましたが)。

 そして最後はセンター試験に次ぐ私の天敵「志願理由書」です。 だって、「格好いいから!!」とか面接で言えないじゃないですか(笑)。

 しかし、毎週毎週先生に一緒になって考えていただくことで、大体の筋が通ったものを作れるようになりました。 基本的には筆記試験の点数で決まる大学が多いので、一応筋が通っていれば大体の面接は切り抜けられると思います。

 そんなこんなで、センター模試でも800点くらいは取れるようになってきて、今年はいけるかもしれないと感じることができるようになってきました。


Y センター本番での失敗、そこからの逆転

 そしていよいよセンター試験。最初の日本史は自分の緊張に驚くほど緊張し、また生物が難化して焦りました。 しかし、去年よりは取れているだろうと自己採点してみると、いつもは出来ている国語で大コケ。 国語は模試でも去年より取れるように参考書で勉強していて、手を抜いたわけではないのですが…。

 結局、センター試験の結果は3年連続8割強。 私、今まで何してきたんだろう…もうセンターの呪縛から解き放たれたと思ったのに…希望の光が見えたと思ったのに…。

 しかし、一週間後は自治医科大学の試験。泣いているヒマはありません。 今、自分の人としての価値が問われているんだ、私には立ち上がる強さがあるんだと思い込んで何とか立ち上がってとぼとぼ歩き出しました。

 自治医は自分なりに去年よりは出来たと思いましたが、一次試験の面接で落ちました。 理由は英語か面接ではないかと個人的には考えています。

 もはや私にはチャンスは国公立前期試験しかありません。 後期なんて受けられるかすら怪しいです。 何やかんや、去年もあと30点くらいあれば合格できたので、今年強化した英作文と他教科で少しずつ去年の点より上乗せできれば8割近くいけるんじゃないかと思うことにしました。 もちろん、センターリサーチは毎度おなじみD、Eのオンパレードで倍率は13倍くらい。 しかしそんなことを考えてもプラスになりません。

 前期試験当日は入室時から1時間くらいで試験開始だったので慌ただしく準備していたら始まってしまいました。 数学は3問中2問は完答できる問題だったのですが、そのうちの1題は焦りから不安な出来になってしまい、後悔が残りました。 書いたことは全て得点にするよう努力すべきです。 あと、頻出分野はこれでもかというくらい完璧にしとくといいです(出来なかった人が言いますが)。


Z 合格発表

 合格発表は10時からだったのですが、10時30分になっても親から連絡がないので「やっぱだめだったんだ」と泣いていました。 実際は回線がトラブってしまっていたみたいです。 もう希望を絶つなら早く絶ってほしいと思っていた12時頃に父から電話があり、「あったよ」と言われました。 少しホッとして「間違いだったらめちゃめちゃ恥ずかしいな…」と思いながら、恐る恐るみんなに連絡しました。

 このように、私の合格は、みんなが私にくれた力の一部を私が出したことで頂けたものです。 なんで医師になりたいなんて思ってしまったんだろう、こんなこと思わなければこんなに迷惑かけたり傷つけたりすることなかったのに…と思うほどでした。 受験は恋愛です(笑)、私はアプローチしまくってフラれまくりました(笑)。 皆さんはこんな風にはならないようにしてください。


[ 勉強について

 現役、1浪時の私は問題集の問題を解けるように丸暗記すればいいと考えていました。 今年は先生から教わったことで、問題文のどこに着目して解き方を考えるのか、この問題から学べることは何でそれがどう初見の問題を解くのに役立つかということを少し意識するようになりました。 そのことで、無味乾燥だと思っていた勉強が少し楽しくなりました。

 また、目的意識を持って勉強することも大事です。 目標は過去問レベルの問題で合格点を取れるようにすることです。 赤本を見て「こんなのできるわけない」と思わずに「絶対にこのレベルまで這い上がってやる」と思い、それを基準に勉強してください。 問題集を何周もすることや、先生から課題のチェックを受けてOKをもらうことが目的ではありません。 それらはあくまで目的達成の手段です。

 私は特にミスが多かったので、ミスをしない方法をずっと考えていました。 本番で一文字読み間違えただけで数十点落とすこともあります。 本番ではどんなスピードで、どのくらい慎重に問題を解き、どんなところに気を付けていくのか。 いくら問題をといても本番で点にならなくては意味がありません。 普段の勉強で本番を意識することで少し変わるものがあると思います(なかなか難しいですが)。 とにかく、あらゆる方法を駆使して本番で一点でも多く取ることが大事です。


\ 最後に

 長々と書いてしまいましたが、私が伝えたかったのは、センターができなくて、何かの教科が飛び抜けてできる訳でもない人にも医学部合格の可能性はあるということです。

 最後に、今まで私に指導してくださった先生方、一緒に勉強してくれた友達、支えてくれた家族、親戚…数えきれないくらいの人たちに測り知れないくらいお世話になりました。 たぶん一生かかっても返せないくらい恩をもらいました。本当に本当にありがとうございました。


Y君 筑波大学人間学群障害科学類合格 (川越東高校)

T 現役時代を振り返って

 現役時代、大好きな数学と野菜作りを楽しむ俺は私文コースに属していながら国立を志望するという無茶をやっていた。 周囲の人々は冷ややかであり、クラスメイトはおろか担任にも厄介がられる始末であったが、当の本人といえば少しも気に留めず、至って幸せな日々を送っていた。

 ところが、夏ごろから学習面において少々悩みを持つようになりはじめた。 独学でやっている理系科目が全く伸びないのだ。 困り果てた俺は教師に質問しに行ったが、返答はこうである。

 「国立コースじゃないから教えられない」

 酷い話もあったものである。 こんなことが続くので、すっかりヘソを曲げた俺は学習意欲を失い、ろくに勉強をせずに受験を迎え、全落ちを決めた。

 春先はいじけてぬいぐるみと遊んでばかりいた。 どうにもどうしようもなさが尋常ではない状態ではあったが、一年後の今は、ぬいぐるみと遊びつつこの体験記を書いているのだから面白いものだ。 ここから、この一年間で「何をして」「どう変わったのか」ざっと書いていこうと思う。


U この一年間で何をしてどう変わったのか

 まず前年との大きな変更点として、日本史から地理への選択科目変更が挙げられる。 筑波の論述は400字で指定された事象を説明するもので、地理の方が他科目より書きやすいからという理由であった。 センター日本史で20点台をたたき出していたこともある日本史が大嫌いだった俺は、割とすんなり変更を決意した。

 原田先生の授業は単純なQAではなく、「なぜそうなる、そうなったのか」「そしてどうなる、どうなったのか」という流れでの理解を求めるもので、最初は相当苦労した覚えがある。 夏まではこれらの変化への対応と期待に常に突き動かされていた。

 期待が現実になり始めたのは夏の半ば、二回目の模試あたりからだった。 英語と地理に数字上では見えないが確実な向上の手ごたえがあった。 反面、数学には伸びが見えなかったし、伸びたという実感もあまりなかった。

 だが昨年度とは違い、今は相談相手がいる。 先生に相談し、一緒に考えた。

 結論は、「お前の数学はもう中学レベルで死んでいる」という、北斗神拳正統伝承者のごとき死亡宣告であった。

 およそ一般的な教員ならば私立専願への切り替えを勧めるようなほどに基礎から崩壊していたわけである。 さすがの俺もちょっと心が折れそうであったが、先生は受験校を考え、国立への道を残しつつ勉強していくことを勧めてくれた。 ここから、私立と国立の二つを第一志望に据えての二刀流受験が始まった。

 夏には他にもいくつか心境の変化を起こす事柄もあって、勉強時間も徐々に伸びていった。 単純暗記よりも応用が多くなりはじめ、ぬいぐるみたちに授業と同じ要領で説明し、知識たちをくっつけていったりと策を凝らし、日々の課題をこなしていった。

 最後の模試は見事に数学20点台でE判定をマークしており、だれが見ても全落ちの再来を予感させそうなものであったが、夏と同じ向上の気配が自分には感じられていた。

 残りの一カ月は演習のみに専念したが、春からの学習の積み重ねのおかげで、この短期間で驚くほど得点率が向上し、センター前には8割は取れるようになっていたのである。

 本番は難化した生物でいつもより点を落としたものの、最後に追い込みをかけた数学で7割、英語や現代文に至っては9割取れ、センターリサーチはC判定。二刀流は国立志望の一刀流に戻った。

 筑波の社会論述は2時間で400字×4問の論述を書き上げるという相当な難度のものであったが、体系的な知識の入れ方によって得られた経験は大きな強みになり、 速読と多読で得た読解力は、筑波の長文問題中心の英語にも苦戦をさせないほどになっていた。

 試験は楽しく、緊張なしに受けられた。そして、無事合格。


V 最後に

 とにかく、困った時に一緒になって考えてくれる先生とはこれまでに出会わなかったので、この一年は大いに充実し、楽しいものだったように思う。 一人では越えられないものがありますが、GLS予備校には、自分の努力が正しい方向に正しい力で向いているかどうかを共に考えてくれる頼れる味方がいます。

 最後は自分の力で頑張るんです。でも、そんな味方がいてくれたらきっと成功はぐっと近くに来るハズです。少なくとも自分はそうでした。


N君 早稲田大学商学部合格 (東京農業大学第一高校)

T 進路の決定

 僕は初め東大志望で、高1の秋にGLS予備校に入会した。2年以上という長い間お世話になったなかで、特に記憶に残っているのは進路相談だ。

 高2になるにあたって、文系と理系のどちらに進むべきかを決めなくてはならなくなった。なんとなく文系の方が向いているような気がしていたが、プログラミングなどにも興味があったため、進路に悩んだ。 そこで原田校長に相談したところ、理系に進むようアドバイスされた。

 そこには、僕が理系に向いているかどうか確かめる原田校長のねらいがあったそうだ。

 もし「なんとなく向いている」という理由だけで興味のある理系の道を捨てたなら、後になって「あのとき理系に進んでいればうまくいってたかも知れないのに……」と不満足が残るかもしれない。そして結局、選択した進路が本当に正しかったのか悩むことになってしまう。

 理系に進めば、仮に上手くいかずに文転したとしても「やはり自分に理系は向いていなかった」と自覚することが出来、その後悩んだり迷ったりすることが無くなる。 僕は文系に進む場合、経済・経営関係を勉強したいと思っていた。 経済・経営関係の学部の入試は、他の学部に比べて数学を重視するため、もし理系に進んで上手くいかずに文転したとしても、理系の勉強が無駄になることは無いのだ。

 僕はアドバイスに従った。

 予想通り学校で習う物理や化学は難しく、全くついていけなかった。 「やはり理系は自分に向いていなかったんだ」と精神的に追い詰められていった。 他の科目にも手がつかなくなり、成績はどんどん落ちて行った。

 転機となったのは、高2の冬に行われたGLS予備校の面談だった。

 原田校長に、そもそも(理系科目も含め)何科目も仕上げなくてはならない東大は自分の性格に向いていないことを指摘され、文転して国数英に的を絞り私立型の勉強するように勧められた。

 それからは、好調だった。

 「東大をあきらめる」という選択をしたことで、受験に真剣に向き合えるようになったからだ。勉強をしなければ、しなかった分だけ進路の選択肢が消えていく、という厳しさにようやく目を向けることができるようになったのだ。

 僕は、勉強を全くせず成績がどん底になった高2時代があったおかげで、高3の一年間を乗り切れたのだと思う。 コンスタントに勉強が出来ていることが、自信につながったのだ。


U 高3からの受験勉強

 GLS予備校には週1回(3時間)だけ通った。学校では受験対策の授業を申し込まずに午前で切り上げ、自宅でGLS予備校の宿題を解いた。

 直前までセンター試験の過去問の点数は良くなかった。 高3の秋冬は発展的なことを中心に勉強するので、どうしても基礎が抜けてしまうのだ。 特に数学は基礎の抜けが顕著で、最優先で対策をしなければならなかった。 数学は、冬の中盤まで苦手意識があった。

 僕は、数学の基礎を『チョイス』という参考書で勉強した。 先述のとおり高2のときはほとんど勉強が出来ていなかった時期なので、そのとき解いた『チョイス』の理解度に自信を持つことが出来ず、苦手意識があったのだ。実際に基礎的な部分が出来ていなかったので、『チョイス』の復習をいれることになった。これによって数学の力は伸びていった。 しかし、メンタル面の苦手意識はなかなか拭い去ることが出来なかった。

 本試や模試の過去問は10年以上解いていくうちに点が安定するようになったので、国語のセンター対策をはじめた。 国語の対策を始めたころには、既に早稲田の過去問を解いており、そちらの方では点もそこそこ取れていたので、センター過去問で点が安定して取れないことにあせっていた。年始は休校だったので、メールで担当の先生と相談し、高1〜高2のとき勉強していた『きめるセンター国語』の復習を入れるなどして対策をした。

 そして、本番の一週間前になった。

 数学に時間を割かなくてはならなかったので、その頃になってようやく英語・リスニングの過去問をはじめて解いたのだが、結果はひどいものだった。 言っていることはだいたい聞き取れていると思っていたので、点が取れていないことに驚いた。 センターのリスニングでは、「今は2時だが、待ち合わせはその3時間後にしよう」とか「右のじゃないほうにしてください」というような引っ掛けがよく使われる。「言っていることはだいたい聞き取れている」レベルの僕は、その引っ掛けに騙されてしまっていたのだ。そのことに気が付いてからは、なんとか点数が安定するようになった。

 そして、迎えたセンター試験。

 結果は、国語178(現代文98、古文34、漢文46)、英語194、リスニング42、数TA98、数UB82。

 会心の結果だった。 これがきっかけとなって、数学への苦手意識はなくなり、国語や英語の私大の過去問の点数も、以前より高い点数で安定するようになった。

 センター後はひたすら過去問を解いた。 最初の一般入試である上智・経済学部・経営学科の自己採点(正答率)の結果は、英語70%、国語92%、数学68%。 過去問ほどは出来なかったと思ったので、担当の先生にメールで報告したところ、高得点だという返信をいただき本当に驚いた。 そのおかげで、一週間後の慶応・経済A(不合格)まであせることなく勉強を続けることが出来た。 むしろ途中で中だるみしてしまったくらいだった。

 試験当日と、前日の夜9時以降は勉強しないというルールを決めていた。 あせったり、脳が疲れたりしてしまうからだ。ずっとそのルールを守ってきたのだが、一度だけ、政治経済学部(不合格)の入試の前日は、寝る時間ぎりぎりまで勉強してしまった。対策がやや遅れたというあせりがあったからだと思う。そして今までの疲れもたまっていたのか、本番では100%の力を出すことが出来なかった。

 その失敗を活かし、商学部の前日の夜は勉強をせず、同学部の入試が終わった後は、気分転換のために、会場で出会った友人たちとゲームセンターへ遊びに行った。次の日は社会科学部の入試であり、頭を切りかえたかったからだ。そのためか、商学部と社会科学部の両方に合格することが出来た。


E君 東京大学文科三類合格 (ラ・サール高校)

GLS予備校で学んだ「戦略」

 僕がGLS予備校に入ったきっかけはただ一つ、自分が合格までの軌跡を描けてないと気づいたからです。 いわゆる「進学校」にいた僕は成績もそこそこ安定しており、駿台の高二用模試でも東大を狙える程度の点数を出していました。 しかしその模試は国数英三科目。東大受験にはそれらに加え、社会二科目という重い負担が加わります。 僕は正直不安でした。このままでもいけそうだが本当に大丈夫なのか、社会の論述の対策はどうしたらいいのか、分量の多い東大英語にどう対応するのか…。

 そんなときGLS予備校の書籍に出会い、たまたま同郷というご縁もあって校長である原田先生と直接お会いでき、僕はGLS予備校に入ることになりました。 話し合いの結果夏までの「戦略」が決まります。それは、得意科目の英語は東大型教材を使って実戦力をつけ、苦手科目の数学は標準パターンを定着させるというものでした。


 「戦略」は見事に当たり、夏の三大予備校の東大模試は僕の学生史上最高の結果となりました。 この結果を踏まえて早速原田先生と秋に向けての「戦略」を練ります。 夏の模試で社会の未定着が明らかとなり、特に世界史は基礎知識にも不安要素がありました。 そこで、秋の模試に向けて社会の実力を上げることが「戦略」としてたてられました。

 そして迎えた秋の模試。 予定では社会の実力がついてさらに総合点が伸びるはずでしたが、何と逆に総合点が下がってしまいます。 自分では原因がよくわかりません。 社会に時間を取られすぎたとはいえ、その他の科目の勉強時間をゼロにしたことはありません。なのにこの点数。「不合格」の文字が頭をよぎります。


 僕は直ぐに返却答案のコピーを原田校長に送りました。先生の分析の結果原因は記述の「劣化」にあるとわかりました。 社会の知識を入れることに時間を取られてその他の科目で十分に記述の練習時間が取れていなかったのです。 ならば「戦略」は記述型の演習を積むことになります。しかしもう時期は冬。センター前。

 今思えば、ついついセンター対策に偏りがちなこの時期にしっかり記述対策をできたことが最大の勝因です。 記述で鍛えた力はセンター試験のような選択式の問題でも発揮されます。 内心ヒヤヒヤしていましたが、何とかセンター試験を乗り切ることができ、二次では傾向の変化に戸惑いつつも自分の力を出し切り、合格まで辿り着きました。


 GLS予備校で自分に合う「戦略」を手に入れてなければ、きっと僕が合格することはなかったでしょう。 原田先生、一年間お世話になりました。本当にありがとうございます。


K君 群馬大学医学部医学科合格 (立教新座高校)

 一年間の勉強を振り返ってみて、自分で勉強する力の大切さを痛感致しました。 漠然と勉強しているだけではどうしても打ち止めが来ます。その点に気づくことが出来たのも貴校のおかげだと思いました。

 また、毎回非常に細かく答案を見ていただいたので、自分ではなかなか気づく事の出来ない欠点をすぐに見つけることが出来ました。 ここまで細かく指導してもらえたのは、経験上初めてでした。勉強や生活面において様々な問題が浮き彫りになり苦労しましたが、結果的には今年一年間、勉強して良かったと思っています。